オステオパシーの扉 第4回|身体はどうやって自分を回復させている?
オステオパシーの扉|全18回の目次 / 第4回
「自然治癒力」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。ただ、この言葉だけだと、少し不思議な力のように聞こえるかもしれません。
でも実際に私たちの身体で起きていることを見ると、もっと具体的です。
たとえば指を少し切ったとき、私たちは傷口に向かって「閉じろ」と命令しているわけではありません。それでも血は固まり、炎症反応が起こり、傷ついた組織を修復する過程が始まります。骨折した骨も、適切に固定され必要な条件が整えば、時間をかけて新しい骨をつくりながら修復していきます。風邪をひいたときには免疫系が働き、運動を続ければ筋肉や心肺機能が負荷に適応していきます。
こうした働きは、何か一つの「治癒力」という器官が担当しているのではありません。免疫、血液、神経、ホルモン、代謝、睡眠、栄養、細胞の修復など、たくさんの仕組みが協力して成り立っています。
身体にはもう一つ、非常に大切な働きがあります。それは、外の環境が変わっても、身体の中をある程度一定に保とうとする働きです。
暑いと汗をかき、寒いと身体が震えます。血糖が上がればそれを調整する仕組みが働き、血圧や体温も一定の範囲に保とうとします。これを生理学では恒常性、ホメオスタシスと呼びます。
つまり私たちの身体は、止まっているものではありません。毎日、毎秒、変化を感じ取りながら調整し続けています。
この「自分で調整する働き」と「傷ついた組織を修復する働き」を、一般向けにまとめて説明するときに、「身体には自分を回復させようとする力がある」と表現することがあります。
ただし、ここには大事な注意点があります。
身体の回復する働きは、状態に合った働きかけや環境を整えることで、より生かしやすくなります。オステオパシーでは、動きや緊張など身体面から、その回復を妨げている負担を探していきます。
たとえば大きな骨折は適切な整復や固定が必要です。細菌感染には抗菌薬が必要になる場合があります。虫垂炎や重い心臓病など、医療処置を急がなければならない病気もあります。身体の自己調整能力を尊重することと、必要な医療を使わないことは全く別の話です。
むしろ大切なのは、「身体が回復するためには条件がある」と考えることです。
傷が治るには血液によって酸素や栄養が運ばれる必要があります。組織には修復に必要な時間が必要です。骨や筋肉は、負荷が少なすぎても弱くなり、逆に回復する前に負荷をかけ続けても問題になります。睡眠不足が続けば、痛みの感じ方や疲労回復にも影響します。栄養状態、喫煙、基礎疾患、年齢、活動量なども回復の速度に関係します。
そして面白いのは、身体は単に「元に戻る」だけではなく、環境に「適応」するという点です。
たとえば運動を始めると、最初は同じ運動でも疲れます。しかし適切な負荷と休養を繰り返すと、少しずつその運動に適応していきます。一方で、長時間同じ姿勢を続ける生活にも身体は適応します。あまり動かさない状態が続けば、その状態に合った身体の使い方になっていきます。
ですから「適応」はいつも良い方向だけに起こるわけではありません。
身体は、その時に与えられた条件の中で何とかやりくりします。ある関節が動きにくければ、別の場所を多く動かして目的の動作を達成することがあります。痛みがあれば、無意識にその場所をかばう動作になります。それ自体は身体を守るための有効な反応です。
しかし、その状態が長く続くと、最初は役に立っていた「かばう動き」が、新しい負担になることもあります。
ここが、身体を見るときにとても重要なところです。
「痛みがある=身体が壊れている」と単純に考えるのでもなく、「身体には治癒力があるから大丈夫」と楽観するのでもない。今、身体はどのように適応しているのか。その適応は今も必要なのか。回復するための条件は整っているのか。この視点で見ると、身体の状態をより現実的に理解できます。
また、痛みそのものも回復と深く関係します。痛みは身体を守るための警告として役立つ一方、長く続く痛みでは、組織の損傷の程度だけでは説明できないことがあります。神経系の感受性、睡眠、ストレス、恐怖、不活動など、いくつもの要素が関係します。そのため、痛みが続く場合には「どこか一か所を直せば終わり」と考えず、生活全体を含めて見ていく必要があります。
オステオパシーで昔から「身体には自己調整・自己治癒の働きがある」と言われてきた背景にも、こうした身体の性質があります。
ただ、現代的に理解するなら、それを神秘的な力として扱う必要はありません。血流、免疫、神経、内分泌、代謝、運動への適応、休養など、身体が本来持っている生理学的な仕組みの総体として考える方が分かりやすいでしょう。
そして施術者の役割は、その仕組みの代わりになることではありません。
身体自身が行っている回復を、施術者が手で「起こす」わけでもありません。
では、身体に回復する仕組みがあるのに、なぜ調子が戻りにくいことがあるのでしょうか。
回復の仕組みをもう少し身近な例で見てみます。
運動後に筋肉痛が出たとき、適切な休養を取れば多くは数日で落ち着いていきます。その間、身体の中では負荷によって起きた変化に対応し、次の負荷に備える適応が進みます。逆に、回復する前に同じ強い負荷を毎日繰り返せば、適応より負担の方が上回ることがあります。反対に全く使わない状態が長く続けば、筋力や持久力は低下します。
つまり回復には、「休めばよい」「動けばよい」という二択ではなく、時期に合った量が必要です。これは施術についても同じです。オステオパシーによって身体が動きやすくなった変化を、日常の動作や活動につなげることで、その後の回復も大切にしていきます。
また、炎症は必ずしも悪者ではありません。けがの初期には、傷ついた組織を修復する過程の一部として炎症反応が起こります。必要な反応まで「炎症だから全部消さなければ」と考えるより、正常な回復過程と、医療的な対応が必要な炎症を区別することが大切です。
「自然治癒力が高い・低い」と簡単に点数をつけることもできません。身体の修復能力は、その時の組織の状態、年齢、栄養、睡眠、持病、血流、負荷など多くの条件に左右されます。施術者が触っただけで「あなたの自然治癒力は何%です」と測れるものではありません。
ですから、このシリーズで使う「自分を回復させる」という表現は、何か特別な力を信じる話ではなく、身体が持っている多くの生理的な調整・修復・適応の仕組みを分かりやすくまとめた言葉として受け取ってください。
次回は、「その回復を邪魔するものとは?」という視点から、身体の回復を遅らせたり、負担を長引かせたりする条件について考えていきます。